2008年3月 「 十字架の言葉 」
コリントの信徒への手紙1 1章 18節
《十字架の言葉》と聞けば、《わが神、わが神。なぜわたしをお見捨てになったのですか》(マルコ15の34)、《父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです》(ルカ23の34)など、イエス様の「十字架上の七つの言葉」を思い浮かべるのではないでしょうか。
しかし、標語はパウロの言葉。それも、十字架が《神の愚かさ》《神の弱さ》だと言い切るのです(25節)。確かに「神の子」のあの惨めな最期をみると、「神はそれほどまでに無力なのか・・・」と思わざるを得ません。ただ、そう認めたうえでパウロは言うのです。《神の愚かさは人より賢く、神の弱さは人より強い》と。
なぜなら、十字架の死にもかかわらず、神様は人を生かそうとし続けるからです。あの弟子たちが復活したイエス様と出会い、やがてやり直すことができたように、十字架すら生きる根拠に変えてしまう神様がいらっしゃるのです。
《十字架の言葉》は、こうして「復活」という出来事を通して翻訳され、私たちの血となり肉となるのです。