2010年2月 「愛するがゆえに」
ヨハネによる福音書 第3章16節
《神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された》―私たち人間の世界は、神様にとって、かけがえのないものだと聖書は言います。しかし現実の《世》は、罪が支配する世界、神様の思いから遠く離れた世界にすぎません。でも、神様はそれを重々承知で、なおも「愛する」とおっしゃるのです。先に待つものがたとえあの十字架であろうと、イエス様を人間たちの手に委ねる、と。
神様はこの時、言ってみれば腹をくくったのです。そして私たち人間は、これほど真剣な神様の覚悟の中に生かされ ているわけです。神様から与えられた「ラスト・チャンス」を私たちは今生きていると言えるかもしれません。
私たちは、この《世》の一部しか生きず、自分なりの愛でしか愛することができません。神様のように、《世》を丸ごと、あれほどの覚悟をもって愛することなんてとてもできません。でも、神様の、この本気の愛を知ったとき、私たちの愛も、一番深いところで何かが変わり始めるのです。