2008年 2月 「 隅の親石 」
マルコによる福音書 12章 10節
2月6日は"灰の水曜日"。イエス様が十字架に向かって歩き始めます。そのイエス様がご自分の覚悟を語った言葉があります——《家を建てる者の捨てた石が隅の親石となった》。
《隅の親石》とは、家の土台や、アーチ型の天井を支える要石のこと。できあがってしまうと忘れられがちですが、建物をしっかり支え続けます。自分もそんな親石になる、その上に教会が立ち、人が生かされるように、というわけです。
ただ、その親石は「捨てられた石」。つまりイエス様は、自分が捨てられる、というのです。誰に? ファリサイ派や律法学者たち? いえいえ、歓呼の声で迎えた群衆、さらには愛する弟子たちにすら……。
捨てられた石が《隅の親石》として生かされる——このことを、身をもって示したイエス様。しかし、それは十字架という代償を払ってのことでした。《隅の親石》になるというイエス様の生き方をじっと見ていると、どの場面にも十字架が透けてみえてくるのです。